『変身』カフカ
カフカの『変身』高橋義孝訳・新潮文庫を読みました。
ある朝、なにか気がかりな夢から目をさますと毒虫になっていたザムザさん。不思議な人です。その衝撃の事実にもかかわらず、冷静に淡々と自分の様子を観察し、仕事のこと、家族やら家計のことを心配します。なのに家族からは疎まれ遠ざけられ、消えてなくなればいいと思われ、最期は腐った林檎を身に抱え、父から受けた古傷を背負って死んでいきます。その時にいたっても「感動と愛情をもって家の人たちのこと」を思い返します。「なにか気がかりな夢」というのが気になります。どんな夢だったのでしょう。一夜の夢のような話です。
家族小説のようだと思いました。ザムザが虫になったことは家族以外にはほとんど知られず、近所の話題に上ることもなかったようです。家族の中だけでこの大問題は深く静かに進行していきます。
家族ってブラックボックスみたいだなと私は思っています。家族にはその家族にしかわからない謎や独自性があります。このカフカ的虫は何の象徴かといわれれば、家族の謎、のようなものではないか。どの家にもカフカ的虫、のようなものはいる、あるいは、ある。家族の絆は容易には切りがたく、それが家族のありがたさでもあるけれど、時にその絆が不自由に感じるときもある。不自由からの解放、真の自由への希求をカフカは描こうとしたのではないでしょうか。
謎が多い作品ですけど、謎は謎のまま楽しめる作品です。カフカは不自由の中で自分らしく自由に生きたいと強く望んだ人なのかもしれません。
さらに私はこんなふうにも考えました。
好きな人がある日突然、毒虫になったらどうしようかなと。
好きにもいろいろあって、普通に好きな人だったら、さりげなく遠ざかるなり、とっとと別れれば済む話ですが、最愛の人なら、そうはいきません。映画「フライ」みたいです。
やっぱり一緒に毒虫になるしかないのかなと思います。最愛の人とならなってもいいかなと思います。でも、何かの拍子にその人(毒虫)が突然、人間に戻ったらどうしよう。そうしたら、私も何とかして人間に戻ればいいだけのこと。
さらにいえば、私が毒虫になったら最愛の人はどうするだろうか。
いろいろと仮想の話が楽しめる作品です。
ただいま知恵蔵さんのblogで「100冊の震撼本」企画開催中です。
私も今回、トラックバックさせていただきました。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
こんにちは。
TBありがとうございます。
最愛の人が毒虫になったら。。。
かなり辛いです。。。
2002年に映画化された作品が
この秋に公開されるとのことなので
是非見てみたいです。
http://www.pan-dora.co.jp/henshin/top.html
投稿: 知恵蔵 | 2004.10.19 17:49
知恵蔵さん、こんばんは!
なんだか自宅にこの本があったので読んでみました!
仮想の話、辛いですよね。
仮想の話だけであってほしいです。
映画化されたんですね。
私、虫系は苦手なので、見るのはちょっと勇気が必要です。
では、またね!
投稿: chiiko(知恵蔵さんへ) | 2004.10.19 19:02
こんばんは。
高校時代に読みました。
詳細は忘れてしまいましたけど、
毒虫になってまでも
会社に行かなければならないと
思うなんて
すごく悲しくて切ないなと思いました。
不条理な世界のファンタジーですか。
キリコの絵にも通じるものがあるような
気がしました。
現代人の不条理な様々という感じがしました。
投稿: face | 2004.10.19 22:38
「虫=寝たきり病人」という図式が浮かんできて、悲しかったです。来月公開の映画で虫を観てみたいです。
投稿: Atsushi_009 | 2004.10.19 22:43
Chiikoさんの感想とても興味深く読ませていただきました。私は読んだのが数十年前なのですが、とても印象に残ってます。「家族の謎」というキーワードはとても面白いですね。カフカがこれを書いたころよりも複雑な今の世の中、自分は頑張ってると思ってるのに、取り巻く環境にあるいは家族に「毒虫」にされてしまってる人、気がつかないうちに大切な人を毒虫にしてしまってる人、たくさんいるように思います。もしかしたら小説の中の彼は、ある朝突然「毒虫」になってしまったのではなくて、いつの間にか過酷な労働と家族によって「毒虫」されてしまったのかも知れません。「家族の謎」か・・確かに。
投稿: LayBAck | 2004.10.20 00:13
おはようございます。chiikoさん。
私も「変身」読みました。この本は「不安」というものをうまく表現した面白い作品だと思いました。読んでいて一番印象に残ったのは、大家が退去命令を言い出したときの家族の反応の場面です。そこで、虫になってしまった息子とは「縁切りにしなくちゃ」と家族は言いました。とても冷ややかな言葉でした。なぜカフカは小説の中でこんな言葉を言わせたのでしょうか。私は読んでいて良く分かりませんでした。
あとになって、ひょっとしたら虫とは実態がつかめない自分の象徴だったのではと思い始めるようになりました。くり返される普通通りの暮らし。だけど、いったん疑問を持ったり、何かの拍子にレールから外れると突如、私は周りから異質な存在となって浮き上がり、おまけに自分自身からみても自らが実態のつかめない虫という生き物に変化してしまう。
そう考えると彼を虫にさせたのは、まわりの家族であり、目に見えない社会のシステム、そして自分自身だと思いました。
つぎに、私も最愛の人が毒虫になったらどうするだろうか、と考えてみました。答えは、私も一緒に毒虫になるだろうなと思いました。ただ恋愛、純愛というのは相手と熱愛度が同一ということは、あり得ないと思います。たえずどちらかが強くなっていたり、弱くなっていたりしていて孤立した感じというのは最後まで残っているだろうな、と思いました。ではまた。
投稿: zuzu | 2004.10.20 04:21
faceさん、おはようございます!
私は高校時代もその後もずっと読まないで来ました。
手にとるのがずっと怖かったです。
ザムザさん、まず仕事のことを思うんですよね。
遅刻しそうだとか、上司のこととか、いろいろ延々と。
この本は筋としては単純なのですが、読んだ後にざらりとした違和感が残ります。
何かがおかしい、筋道が立っているようで立っていないって。
おっしゃるようにほんと不条理です。
キリコも謎を愛した人のようですね。
この世は不条理と謎に満ちています。
感想をどうもありがとうございます。では、また!
投稿: chiiko(faceさんへ) | 2004.10.20 07:23
Atsushi_009さん、初めまして!
「虫=寝たきり病人」という図式もすごいですね。
服を着るのも大変だし、味覚も変わってしまうし、
今までできていたことができなくなるし、
ほんとそうかもしれませんね。
映像は見てみたいようで、怖いです。
想像がつきません。謎です。
これからもよろしくお願いします。
では、また!
投稿: chiiko(Atsushi_009さんへ) | 2004.10.20 07:28
LayBAckさん、おはようございます!
LayBAckさんの感想を読んで、私もまたいろいろ考えました。
この小説の書き出しは「ある朝」とあるのですが、毒虫になったと気づいたのが「ある朝」なのであって、ほんとうはその前からずっと毒虫になっていたのかもしれません。毒虫に自らなったのかもしれないし、されてしまったのかもしれません。
労働もこの小説を読み解くかぎなのでしょうね。
できるならば、大切な人は毒虫にしたくないし、自分も毒虫にはなりたくないです。
感想をどうもありがとうございます。では、また!
投稿: chiiko(LayBAckさんへ) | 2004.10.20 07:38
zuzuさん、おはようございます。
zuzuさんの感想を読んで、私が感じていた謎の正体がすこし見えてきました。
不安。この小説には不安が延々と書かれていますね。
家族も社会も自分も不安のなかにいて、やがてそれが毒虫に変身した。悲しいですね。
zuzuさんも一緒に毒虫になると考えるのですね。
私はなれるのであれば、なりたいと思います。
でも、覚悟と勇気が必要ですね。
なったらなったでまた不安や孤立感はあると思います。
それが恋愛というものなのでしょうね。
私は思うのですが、不安や孤立感を感じない熱愛度同一の愛もあるのではないかなと。
そういうものに出会えたらよいなと私は思っています。
感想をどうもありがとうございます。では、また!
投稿: chiiko(zuzuさんへ) | 2004.10.20 07:56
はじめまして。kawakitaと申します。
カフカ『変身』のさまざまな感想が読めて興味深かったです。
映画についてのエントリーをトラックバックさせていただきました。
投稿: kawakita | 2004.11.17 02:46
kawakitaさん、はじめまして。
トラックバックありがとうございます。
映画「変身」いよいよ公開なんですね。
先ほど記事を見に行ったら「ネタばれ注意」とありましたので
その先を読もうかどうかちょっとためらっています。
先を読みたいです。私も早く映画を見に行こうと思います。
教えていただいてありがとうございます!
投稿: chiiko(kawakitaさんへ) | 2004.11.17 07:47