名残の月
昨日の朝、12月のカレンダーをめくるときは、気持ちおののいた。実際、手が震えるような気さえした。私の今年の御神籤は末吉。2009年この先この末、何があると言うのだろう。よくないことはもう十分経験したからどうか御勘弁を。吉が起こるのか。吉を起こすのか。カレンダー上の予定は見かけぎっしり。こんな予定を立てたの誰なの?!それは私。1つ1つの予定をクリアしていくしかない。おののきながらも希望の光を辿っていきたい。
そうそう。それで11月末には西向くさむらい旅をした。旅の目的は旅なのだけれど、人は行く前の旅に名前を求める。どこそこ行きの旅、里帰り、温泉旅行、記念日旅行……さまざまな名目を。でも旅のほんとうの意味や目的は、行ってみないとわからない。行ってもわからないことさえある。
旅の1つのエピソード。私は名残を訪れた。名残はなんてことない土地で、世界のほとんどの人にとって生涯訪れることのない土地で、そこに住む人にとっても日常在り来りの土地(というか、人もほとんど住んでいないようだった)。私にとっても名残を訪れたのは旅の派生の派生の偶然で、朝の散歩の途中の1通過点に過ぎなかったが(なかば、まぎれこんだような感じ)、私がその名残の土地に足を踏み入れ、立ち止まったとき、それから畦道を伝って歩いていき、そして名残を後にしたとき、それから旅を続けて、家に帰り着いたとき、今回の旅の目的が、その名残を訪れることだったと気づいた。広大な田んぼと畑と民家がのどかに広がる田舎の風景。少し行った先の台地には新興住宅が軒を連ねるが、そこだけは我関せず別空間・別時間で生きているエアポケットのような名残。私が生まれ育った土地にとても似ていた。でも私の知らない名残。
12月は名残の月だね。昨夜見た十四夜月もそんな予感を漂わせていた。師走の月は概して人から忘れ去られている。だから私は好きなんだ。見かけは見かけに過ぎないから。エアポケットのように残され起こっていくことに身を置いて生きていきたい。
きょうは双子座の満月です。双子の真夢、一緒に見られますように。
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