2005.04.16

「化粧」

きょうも福眉きれいにかけました。
化粧といえば中島みゆきさんの「化粧」。中島みゆきさんの歌はあまり聴かないけれど、ときどき記憶に残る曲があって、この曲のことも何となくずっと覚えています。自分が出した手紙を返してもらうために、さいごのさいご、きれいに化粧をして逢いにいくという歌。「流れるな涙 心でとまれ 流れるな涙 バスが出るまで」。自分が出した手紙をほかの誰かに読まれるなんて悔しいし、いやですよね。

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2005.03.29

じんこさんはじんこさん。

「不機嫌なジーン」。きのうは最終回。

先週プロポーズされて今回どうなることかと思っていたら、ラストは意外や意外、じんこさんと内野さんは互いに別々の道を歩いていくというものだった。じんこさんにはエンゲージリングもウェディングドレスも似合わなかった。じんこさんは誰のものにもならなかった。誰もじんこさんを自分ひとりのものにはできなかった。じんこさんは本当のじんこさんとなって、美しく羽ばたいていきました。

意外な結末だったけれど、これは私が無意識に望んでいた結果なのかもしれない。これからの新しい男女の姿を示していたようにも思う。進化した愛のかたち。脚本の大森美香さんはすごい人だと感じた。

人は愛し愛されるために生まれてきたけれど、結婚だけがその最終形ではない。ひとつ屋根の下で暮らさなくても運命の人はやはり運命の人。赤い糸で結ばれて生きていくのではないか。どんなに相思相愛の二人でも結婚が似合わない二人もいるのだと改めて思った。

最後の最後、じんこさんはひとり涙ぐみ、内野さんは立ちつくし見送ったけれど、あれはあれで赤い糸のハッピーエンド物語だったのではないか、と私は思いたい。とても悲しく切ないラストだったけれど。

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2005.03.22

突然のプロポーズ

「不機嫌なジーン」。きのうのじんこさんは唐突にプロポーズされた。

くるぞくるぞと思わせて、されるプロポーズも、それはそれでうれしいものだけど、ハートが互いに引き合って、気持ちが満ち満ちて、自然発露的にされるプロポーズは、もっとうれしい、本物だと思う。突然だけど、自然な流れのなかでのプロポーズ。

言葉は「おまえのことは一生俺が守ってやる」という月並みなものだったけれど。「一生君を守り愛し続ける、かもしれない」というカッコ悪いものだったけれど。じんこさん、ほんとにうれしそうだった。めずらしく素直に「イエス」と答えていた。愛は人を素直にするものなのかも。じーん。本心と本心が絡み合った、という感じがした。

ヒトも植物と同じように困った時や弱った時にヘルプ・ミー誘引物質を出すけれど、本当のヘルプ・ミー信号はだれかれ構わずに出すわけではなく、たったひとりの人に向けて送るものだな、としみじみ実感。

「助けて」と呼んで、本当に来てほしいのはたったひとりの人。本当に守ってほしいのはたったひとりの人。じんこさんの心からの「あなたが必要」信号が内野さんの心に届いて、内野さんも心からの「君を守るよ」信号を届けのだと思う。「君を守る」ということは、つまりは「君が必要」ということ。必要と必要が絡み合った、という感じがした。

これからこの愛はどうなるの。予告編はいつも見ない。あと2回? 岡田義徳君の存在も気になるきょうこの頃。小林聡美さんも言っていたけど、男女の比率はやっぱり1対1がいいなと思う春きょうこの頃。

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2005.03.15

きのうはホワイトマンデー

きのうはホワイトマンデー。ホワイトデーは3倍返しが世の常だとか。ということは1の3倍は3、ゼロの3倍はゼロ。ウェブチョコは届いたかしらいまいずこ。リアルワールドではチョコはいらないというからあげなかったけれど、おいしいミルクココアをつくってくれた。もしかしたら
1の3倍はゼロ、ゼロの3倍は1、ということなのかもしれない。

「不機嫌なジーン」。
きのうのじんこさん、内野さんについての新事実を人づてに知ることとなった。好きな人のことは、みっともないこともカッコ悪いことも何でも知っておきたいけれど、できれば好きな人の口から直接聞きたい、というのが女心。特に信念や生き方に関わることであればなおのこと。でも内野さんにも一言では言うに言われぬものがあったのだと思う。

内野さんとの仲は恋から愛へと変容中。そこへ新たな人間関係が加わって、三角関係ならぬ複雑コンセン模様となってきた。こんなふうにして運命の赤い糸もだんだん強く太くなっていくものでしょうか。

私は3という数字が好きだけれど、三角関係は好きではない。嫌だ。でも気づいたら知らないうちに三角関係になっていた、なんてことは過去何度かある。そもそも三角関係になりたくてなる人なんて、いないのだろうけれど。できれば三角関係よりは四角関係、偶数の多角形関係がいい。2対2でうまくまとまる可能性もあるだろうから。できれば三角関係も、正三角形よりは二等辺三角形がいい。できれば私は二等辺の一辺でありたい。

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2005.03.08

春が来て、ことしいよいよ

「不機嫌なジーン」
きのうのじんこさんはとてもきれいになっていた。
2年前、想いを確認しあった内野さんは地球の裏側に行ってしまい、
この半年間は音信不通。どこで何をやっているのだか、さっぱりわからない状態。けれど、じんこさん、2年間の悲しい両想いを経て、タフで美しい蝶に変身していた。
ふられた元彼と再会しても笑顔で世間話ができるようになった。
キケンでカッコいい第三の男も急接近してきた。
でも、離れていてもやはり運命の人は運命の人。
運命の人以外には、どうしたって心は動かない。

内野さんは突然嵐のようにじんこさんのもとに帰ってきた。
「きみがおれのことを探していると聞いて飛んできた」。
相変わらずのワンパターンでキザな人。
でも、好きな人のことはどうしたって好き。
愛しい人のもとへ駆けていくじんこさんは、とても美しかった。

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2005.03.01

別れの言葉は「またいつか」

「不機嫌なジーン」。
きのうのじんこさんは失恋リハビリ中。ふられたら急に周りの男性がみな優しくなった。そんなことってあるのかな。あるような気がする。ぎりぎりの状態になるとヒトもヘルプミー誘引物質を出すのだと思う。内野さんからは告白された。「見えない絆があるとしたら俺にとってはおまえかもしれない」。いつも嘘ばっかり言っていると肝心な時に大事なことが伝わらない。でもじんこさんにはじんじん伝わったと思う。言葉では伝わらないものも、運命の人ならばハートが共振・共鳴して、ちゃんと伝わるのだ。もう嘘はいや、恋を失うのはいや、逃げずにまじめに正直に向かってくる愛が欲しい、というじんこさんの気持ちよくわかる。しかし別れは突然にやってくる。内野さんは地球の裏側に行ってしまった。告白してじんこさんに想いが伝わったというのに。別れの言葉は「またいつか」。またいつかは夢ある言葉だと実感。

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2005.02.22

失恋記念日

「不機嫌なジーン」。きのうはじんこさんの失恋記念日。
小さなほころびが、いつの間にか大きなほころびとなってしまった。
小さな嘘が、ほんとうの真実を明らかにしてしまうことがある。
どうしたって好きな人のことは、どうしたって好きだし、
もう好きではない人のことを、好きでいることはできないのだ。
遠ざかるカーブ。

けれど、転んでもただでは起きないじんこさん。
オオクワガタは見つけたし、王子さまも迎えにきてくれた。
ぼろぼろに傷ついたじんこさんを背負ってよたよた歩く内野さん。
カッコよくない2人も運命の二人一緒にいればカッコよい2人になる。
「見つけてくれてありがとう」とつぶやくじんこさんに、私もじんときた。
近づくカーブ。

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2005.02.15

きのうは誕生日

「不機嫌なジーン」
きのうは意外にもじんこさんの23回目の誕生日。
「誕生日とは産み育ててくれた親に感謝する日なんだ」と内野さん。
それは半分強がり半分本音で、ほんとうの真実。
昔の人はいまも今の人。今、幸せだろうか。幸せでいてほしい。遠くでその人のことを想い、その幸せを願うことしかできないもどかしさ。
昔の人の今の人に、自分の果たせなかった想いを託したいような、託したくないような。やはり自分の手で幸せにしてあげたいのだ。
できることならば、どんなことがあろうとも、運命の人であるならば。
じんこさんのたったひとりの涙のバースデー。仕事も恋も両方大事で一生懸命がんばったのに、人生とはままならないものなんだね。
そばにだれかいてもいなくても、いつもあなたの幸せを想い願って
そっと見守る人がいるんだよ、とじんこさんに教えてあげたくなった。


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2004.11.18

「電車」

 岡村孝子さんの「電車」という歌を思い出しました。かなえたい夢があって、そのために恋人と別れ、今はひとり都会にいて、朝、電車に乗って会社へ行き、会社に着いたら陽気に振るまい、また夕方、電車に乗って家へ帰っていく。悲しい夜もいくつもあって、弱くなったり悔やんだりしながらも前へ向かって進んでゆく女性を歌っています。
「あなたを失くしてまでも決めた道を悔やむほど弱くなった私をしかって」という部分がじーんときます。
 この曲は、岡村さんがあみん後、ソロデビューをするため上京し、東急東横線で事務所に通っていた頃の経験をもとに書いたそうです。私にもこの歌と似たような経験があって、満員電車経験もあるので、とても共感を持って聴いていた時期があります。今、私は在宅ワーカーなので満員電車に乗ることはなくなったのですが、たまに朝夕の混んだ電車に乗ると、この歌を思い出します。岡村孝子さんの曲の中でとくに好きなのは、この「電車」と「美辞麗句」です。

    「電車」
   混み合う電車に押し込まれ
   ガラスに額をつけたまま
   大きなため息をついたら
   なお気がめいる
 
   どんなに悲しい夜ばかり
   過ぎても会社に着いたなら
   笑顔を振りまいて
   Jokeの一つもとばす
 
   何を求めて明日を探せばいいのか
   大きな海を漂う木の葉のようだわ
 
   仕事を始めていたずらに
   時間が流れていくけれど
   げじめと名のついた
   卒業証書がほしい

   誰もが自分の生き方を
   見つけて歩いてゆくけれど
   私は変わらずに
   私でいるしかできない

   あなたを失くしてまでも決めた道を
   悔やむほど弱くなった私をしかって
 
   あなたを失くしてまでも決めた道を
   悔やむほど弱くなった私をしかって

   あなたを失くしてまでも決めた道を
   進むほどずるくなって明日を変えたい 

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2004.11.17

何となく思ったこと。

私は電車に乗ってもあまり本は読まずに、ぼーっとしている。電車の中って不思議でおもしろい空間だなと思う。みんなほとんど無関係な人たちなのに、同じ1つの列車に乗り合わせ、途中でおりたり乗ったりしているけど、同じ1つのレールの上に乗っていて、みんなの意識がなんとなくつながって、ひとときの運命共同体のような気がする。

ぼーっとしていると、いろいろなものが見えてくる。私は電車の中の人間ウォッチングが好き。ひとときの束の間の人間関係だけど、だかこそ、いとおしくおもしろいので、さりげなく観察する。疲れている人とか、いらだっていそうな人のことは、さっと位置だけ確認して、あまり見ないようにする。

私がよく観察するのは若いカップルの人たち。見ていて気持ちいい。前から思っていることだけど、恋人同士というのは、顔かたち、雰囲気がよく似ている。兄妹あるいは姉弟みたいに似ている。似ているから好きになるのか、好きでいつも一緒にいるから似てくるのか、多分その両方なのだと思う。この2人はこれからもずっと続いていくだろうな、結婚するだろうなというのは、見ていて何となくわかる。この2人はもうすぐ別れるだろうなというのも、見ていて何となくわかる。

よく夫婦は似てくると言うけど、それとはまた違う感じがする。結婚してなくても、まだ一緒に人生は歩んでなくても、それぞれ夢や希望や趣味を持っていて友達がいて、でも、クロスする夢や希望や趣味があり友達がいて、強烈に引かれあい、ものすごく互いに好きになると、化学反応みたいな生体反応が心と体のなかで瞬時に起こり、そしてじわじわと起こり、ものすごく互いに似てくるのではないかなと。

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