2008.02.17

諏訪湖で全体性

2月の最初に行った諏訪湖には御神渡りあり恋路あり、クールランディングあり温泉あり、諏訪湖豆あり塩羊羹あり、やわらぎの諏訪湖像その他いろいろエトセトラ、寒風は吹いていましたがそれもさらりとしていて、心が和らぎました。諏訪湖がいいなと思ったのは、湖全体が見渡せることです(これは私が安心感を得る重要ポイント)。湖の周りに道が続き町が栄え人々の暮らしがあって、それが窮屈じゃない自由な連帯感・循環感を醸しだしていました。宿をとった諏訪市側からは向こうの岡谷市・下諏訪の町のあかりが見えて、よし明日はあっち側へ渡っていこうと、気持ちが自然と前向き上向きになっていきました。諏訪の澄んだ水と空気が私を幾分精密化してくれたようです。

諏訪湖での予期せぬ出会いがハーモ美術館でした。何とグランマ・モーゼスの絵がここで見られるとは。パントル・ナイーフ(=素朴派)の画家の絵を主として収集展示する美術館で、ゆっくりくつろいで美を感じて味わうことができる空間です。カミーユ・ボンボワの『ピクニック』『池の中の帽子』のユーモアと繊細な素朴に特に心惹かれました。

近視眼な私がやっと気づいてきたことが、諏訪湖にはありました。
私は全体の中であなたが好き。全体の中であなたを見ていたい。
あなたの中の全体が好き。

Suwakozo

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2008.01.19

トルコライス

さらに長崎の食べ物情報。トルコライスも食べました。トルコライスってご存じですか。旅前に長崎のガイドブックを見て、初めて「トルコライス」という名前を知りました。しかしその実態はよくわからず想像は膨らむばかり。長崎に向かう高速の川登サービスエリアのレストランで、まだ見ぬトルコライスに初対面したときは、楕円型の皿にカツカレー、エビフライ、スパゲッティが乗っていて、あれっ、これってつまりは大人のお子さまランチ?という感じでした。場所によってもトルコライス、さまざまなバリエーションがあるようです(上りの川登はこんな感じ。そもそも川登は佐賀であって長崎ではない)。それにしても長崎食文化は海の幸・地の幸・異国味いろいろあって懐が深い。要は人が懐深いということなのでしょう。

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2008.01.14

仲よしちゃんぽん

いきなり長崎島原の食べ物情報。長崎ちゃんぽんです。日頃から月に1度はちゃんぽんを食べるほどのちゃんぽん好き。ぜひ本場のちゃんぽんを食べたいと思い、島原城を訪れた際、地元の方に「このあたりでちゃんぽんの美味しいお店はありますか。今から車で諫早に向かうんですけど」と尋ねると、味処仲よしを教えてくれました。まったりあっさりスープに絶妙な太さのちゃんぽん麺(不思議と最後まで麺がのびない)、それに多彩な具(かまぼこ、ちくわ、キャベツ、モヤシ、豚等々)がふんだんに乗って、初本場の味に大興奮・大感激。汁もごっくん全部飲み干しました。夢見心地で食べた後は心も体も温まりまんぞくまんぞく。島原半島は温泉あり食あり人あり歴史あり、ほんとよかとこよ。

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2007.10.27

鎌倉三景

Botamochi Nishiguchi
Myouhonjineko

鎌倉はもう行き尽くした感があるけどまだまだ行き着かなくて、道にも迷うし(この日は北鎌倉からの裏山ルートで佐助稲荷を目指すものの、ポイントを見過ごして結局弁天ルートで到達)、それがいいのか行くたびに発見と出会いがあります。常栄寺ってぼたもち寺というんだと認識。鎌倉駅西口広場の素敵な時計台。妙本寺猫さん、こんにちは。

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2007.10.01

とみんの日、東京都写真美術館

10月、first day。きょうは都民の日です。対象施設が無料公開とのこと。行けば誰でも都民の日でフリーパスのようです。都民としては無料=プラスマイナスゼロという感じ。

Shabi10/02追記。都民の日のきのう東京都写真美術館へ行ってきた。(2年前も写美。ここへ来ると我に問うのはお金を払って写真を見ることについて。)「昭和 写真の1945~1989」第3部「高度成長期」が衝撃的だった。私の人生は日本の高度成長とともにあり、しかしその光と影の実態は何も知らずに成長してきたからだ。秋山亮二氏の「映らないテレビ」、長野重一氏の「陸橋の下の児童公園」には特に引きつけられ、もう戻れない日々をすごく懐かしく思った。

私が写真が好きなのは私にとっての意味・無意味が一目でわかるから。迷う間もなく考える間もなく私の感受性が教えてくれるから。それからやってくるのは感情にすぎない。

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2007.07.15

杉乃家の蕎麦と版画

いきなりぐんぐん群馬の食べ物情報。高崎駅から富岡製糸場へ向かう途中で訪れたそば処「杉乃家」さん。駐車場も店内も広そうだし昼には蕎麦がいいかなということで、するすると吸い寄せられるように入っていきました。私はざる蕎麦。とても美味しかったです。量は私にちょうどよく(ボリュームがあったということです)、蕎麦汁も美味しかった!お店の方はちょっと淡々としていて、でもまるっきり無愛想というわけでもない感じ。蕎麦を打つ職人さんの姿を描いた小学生作の版画が店内にさりげなく飾ってあったので、注文を運んできてくれた時に「息子さんが描いたのですか」と聞くと「はいそうです」と。きっとお母さんなのでしょうね、美味しさに加えて温かい言葉と笑顔をいただきました。

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2005.12.12

夢のあとさき

きのうの義経は最終回「新しき国へ」。奥州平泉が義経さいごの地となりました。平泉といえば「夏草やつはものどもが夢の跡」。

平泉へは行ったことがあります。遠い昔の夏の晴れた日、中尊寺境内の木立の道を歩いたときの記憶がいまも鮮明です。木々の間から太陽の光がほのかに差しこみ、あたりには草木の匂いとしんとした静けさが漂っていて、まるで時がとまったかのようでした。東北をめぐる旅。できるならもう一度あの頃に戻ってあの旅がしてみたいです。

さてタッキー・義経、さいごは光となって白い馬になり空の草原を駈けていきました。「恨むがよい」「恨むでない」。無念はあったでしょう。でも存分に生きたのではないかしら。生まれ変わってももう一度会いたいと思える人と出会えた喜び。義経はいまもどこかで生きている。今と未来を感じるラストでした。

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2005.08.17

城の崎にて

学生時代、盆明けのこの時期に兵庫県・城崎で二泊三日の文芸合宿をしました。一応のメインイベントが読書会で課題図書は志賀直哉先生の『城の崎にて』。文学を語り合ったというような記憶はほとんどありません。要はみんなと旅して親睦したかったのだと思います。

夏の温泉はいいですね。それも夏の城崎は格別です。浴衣姿で下駄をカラコロと鳴らして外湯めぐり。温泉に入った後、風に吹かれると夏の暑さや雰囲気が心地よく感じられて、ああ、夏だな、やっぱり夏はいいなと心から思えるのです。

夏の山陰もいいですね。このとき行きは播但線で日本海に出て城崎へ、帰りは城崎から山陰線に乗って鳥取砂丘まで行きました。夏の海岸列車は青い空と青い海、緑の木々のなかをとことこと走ります。はるか昔のことなのに今も夏になると鮮やかに思い出す風景です。

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2005.03.16

夢殿

大阪では聖徳太子創建の四天王寺へ参拝しました。

知恵の輪くぐりをしたり、五重塔、金堂、太子殿などの建物を見たりしながら広い境内をのんびり歩きました。聖徳太子は形あるもの形ないものさまざまつくった方なのだと改めて思いました。歴史上好きな人物は吉田松陰先生、そして聖徳太子さんと卑弥呼さん。萩、奈良飛鳥地方には、なぜだかとくに心引かれます。

聖徳太子といえば、私は夢殿。夢殿は奈良法隆寺にある八角堂で、太子はしばしばここに籠もって瞑想や思索をしていたとか。タイムトンネルへの入り口であったなんていう話も聞いたことがあります。すべては夢殿のなか、今となっては知るよしもありません。過去と未来と現在がうずまく場所で太子はどんな夢を見ていたのでしょうか。

さらに難波宮跡公園にも行きました。難波宮は幻の都と呼ばれ、長らくその存在が確認されていなかった都です。ここにも八角堂があったようです。やはりそこも夢殿であったのでしょうか。この史跡公園は復元された建物がほとんどなく、とてもしんとした広大な空間でした。目には見えないけれども、幻の都が目に浮かぶようでした。

大阪の旅は、歴史のロマンを感じた旅でもありました。おしまい。

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2004.10.21

方言と言葉について

私は18歳の時にふるさとを出て、関東で暮らしたり関西で暮らしたりして、今は東京で暮らしています。18歳からはいつどこにいても標準語でしゃべってきました。練習したわけではないけれど、自然と標準語をしゃべることができました。でも、ふるさとに帰り同郷の人と話すと、すぐに方言になります。東京にいても同郷の人と話すと、すぐに方言になります。この時は標準語まじりの変な方言になっています。

方言で話す時に思うことは、そして、とくに最近強く思うことは、方言を使っている自分はとても居心地が悪く、ほんとうの自分ではないような気がします。標準語で感じ、思い、考えているのに、口から出る言葉は方言になっている。相手に対して自分がうそをついているようで、自分に対してもうそをついているような気がします。心と言葉が一致していない、ちぐはぐで、ばらばらな感じがします。

詩や文章を書く時に、私は標準語で考えて標準語で書いています。それが一番自然です。子供の頃も今も変わりなく、ずっとそうです。

生まれ育った言葉が方言だとしたら、生来、私に備わっていた言葉はこの日本語なのではないか。自分でも頭のなかの構造がどうなっているのか、よくわかりません。さらにこれに外国語が加わると、よけいにわけがわからなくなります。いつどこにいても自分の内と外とが一致した言葉を使うことができたらいいなと思います。

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2004.08.08

いまもこの手に

旅の空つきない想い絵はがきと18きっぷいまもこの手に

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2004.07.13

4人プラス1人の家族旅行

週末に両親と兄と私たち夫婦で四国半周旅行をしました。松山から佐田岬をぐるり回って宇和島へ、そこから四万十川沿いの道を下って太平洋へと出て宿毛で一泊。帰りは足摺岬をめぐり高知へ、そのあと高速に乗り瀬戸内側に出て松山へ帰る旅。四国の西半分をワゴン車で駆け抜けました。30年前にも家族4人で四国一周旅行をしているので、その思い出の地をたどる旅となりました。当時の私はまだ幼く旅の記憶も曖昧で、写真でしか覚えていない風景がほとんどでしたが、今回の旅でその風景と再会し、記憶の断片が少しずつつながっていきました。私たち家族ってあまり仲のよい家族ではないなと子供心に感じていましたが、今では父も母も兄も私も年を重ねて丸く穏やかになり、さらにプラスワンされて、でも基本的には何も変わっていなくて、おしゃべりと笑いのたえない懐かしい旅となりました。昔の曖昧な記憶が最新のものに更新され、それでもって私も最新の私に更新されました。四万十川の清流と四国山地と広大な空と海とに感謝します。今度は残りの四国半周旅行をしようと決めています。

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