2013.04.20

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

こんにちは。お元気ですか。私はおかげさまで元気です!

今日は春の恵みの穀雨の日。泣いたけれども、雨上がる?!私も、読み終わりました。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

追放されたことがある人にとって、

それもとてもかけがえのない人から追放されたことがある人にとって

それも10代から20代の時期に追放されたことがある人にとって

それもなぜ追放されたのか理由がわからないまま、その追放とその意味を受け入れざるを得なかった人にとって

読んで、ああー、救われたと思う小説なんじゃないかなと、個人的に思いました。

追放されたといっても、追い払われたわけじゃない。

追われ、放たれたにすぎないんだと、個人的に思いました。

闇に光さす小説です。夜の海を一人で渡り切った人に光あれと。

好きか嫌いか、一言でいうのはたやすいことです。

ただ、私はやっぱり村上春樹が好き。長年リアルタイムで読んできてよかったと、心底思いました。

私をあの時、放ってくれてありがとう。今もまた救ってくれてありがとう。

きょうもよい一日を!

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2013.02.14

『わたしはあなたのこんなところが好き。』堀川波・著

『わたしはあなたのこんなところが好き。』 (のほほん絵本館)
わたしはあなたのこんなところが好き。 (のほほん絵本館)

おはようございます!

きょうはハッピーバレンタインの日sun

私が今、一番好きな絵本を告白します。

『わたしはあなたのこんなところが好き。』は、愛する人との日常を優しい言葉とイラストで綴った絵本です。

堀川波さんの絵本は、好きな気持ちがストレートに伝わってくるから大好きです。

好きなものは好き。好きな人は好き。好きは好き。ストレートに好き。


好きの形が、いろいろ描かれています。

私はあなたのこんなところが好きって。ほんと、数々と。

私の好きな延長に、あなたの好きがあって、それが結び結ばれていって、その1つ1つが日々の幸せなんだと思います。

きょうは特別ストレートに好き、言えたらいいなと思っています。

きょうもよい一日をsun

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2012.12.15

『マジョモリ』梨木 香歩 著・早川司寿乃 絵

こんにちは。お元気ですか。私はおかげさまで元気です!

師走に素敵な本に出会いました。
ある朝、つばきのもとへ、森への招待状が届きます。
「まじょもりへ ごしょうたい」

読み終えて、この1年の母とのこと、今までの母とのことを自然と思い出しました。
読みながら思っていたのは、不思議と今の自分のことでしたが。。。

マジョモリ
マジョモリ

今年は母に3回会いました。
一緒にいた時間も、結婚して私が家を出て以来、もしかしたら一番長かったかもしれません。

1回目は6月末、恒例の夏の家族旅行のために、帰省した時でした。
その時は、もしかしたら今年はもう帰れないかなと思いつつも、でも、できたらもう一度会いたいという願いと思いをこめて、「また秋には帰るけん」と言って別れました。

そしたら、9月の終わりに母が入院することになって(結果1カ月)、入院と退院の時に、それぞれ1週間ずつ帰省しました。

母の入院はとても悲しいことで、とてもつらかったですが、母と一緒に過ごすことができ、身の回りの手伝いをすることもできました。こんな私でも母のためにできることがたくさんありました。話もいろいろたくさんできました。

不幸のなかに幸せがあるというか、幸せのなかに不幸があったというか。

そう気づいて、複雑な思い、そして深い感謝の気持ちがわきおこりました。

母の入院は、今年、私に届いた招待状だったのですね。

来年、私に届く招待状って、何だろう。

すべては必要だから起きること。

楽しみに待っていようと思います。

きょうもよい一日を!

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2011.11.12

『キャリアショック』高橋俊介著

キャリアとは、訳せば人生・仕事・役割であり、生き方・働き方であり、もっと訳せば、その自己表現の仕方である。すべての人にキャリアがある。成功も不成功も含めてキャリアであり、できればその日その時ハッピーなキャリアを生きていきたいと私は今、思っています。


キャリアショック ―どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか? SB文庫
キャリアショック ―どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか? SB文庫

2000年刊行『キャリアショック』単行本の文庫化本。 キャリアに対してショックを感じていた私にとっては、キャリアに対するショックが読んで和らぐ本でした。

今のキャリアショック時代到来を予見している今まさに新しい先見の書です。

キャリアショックとは、「自分の描いてきたキャリアの将来像が、予期しない環境変化や状況変化により、短期間のうちに崩壊してしまうことをいい、変化の激しい時代に生きるビジネスパーソンの誰もがそのリスクを背負っている、きわめて今日的なキャリアの危機的状況をいう」と著者は書いています。

ほんとうにそうですよね。私は果たしてビジネスパーソンか?!と問われれば、イエス、生きていく人は皆、ビジネスパーソンよ!として私は読み解きました。今世の中にある仕事、今自分がやっている仕事、今自分が果たしている役割が永遠に今の形であり続けるわけはない。

これはショックでもあり、朗報ではないでしょうか。今の仕事・役割を永遠にする必要はなく、今の仕事・役割に永遠に縛られる必要もないという意味で。

自分で自分の人生を切り開くには?!

やはり今の状況、今の周囲の支援、今の自分自身を明確に見た上で、今の仕事・役割を丁寧に日々やり終えること、そして次に見えている山への道筋を立てて(自分の生き方・働き方を大切にして)、明日へ向かって歩んでいくことだ、と私は読んで思いました。

キャリアショックは、ショックのパア~とただ恐れるばかりのものではない。道筋を持たない人にはクライシスでしょうが、道筋を持てばチャンスになり得る!と勇気づけられました。


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2011.10.19

劇団ひまわり「カラフル」~『人はなぜ生まれたか』~

劇団ひまわり創立60周年記念公演「カラフル」を代官山シアターで観てきました。森絵都さん原作『カラフル』の舞台化。

「死んだはずの僕は また地上で生活することになりました……。」

そんなことあり得ないよ?!と思う話をあり得るように描いていて、それってあるかも!と観て感じた舞台でした。
劇団員皆さんの熱い演技に、私も観ていて熱く元気になりました。私も私色にカラフルに生きたいと願いました。

2011年10月16日(日)~30日(日) 全16公演
http://www.himawari.net/stage/colorful/ticket.html
(主役の小林真役は、野本ほたると田中雄士のダブルキャスト。私は野本ほたるさんのAチームで観ました。)

カラフル (文春文庫)
カラフル (文春文庫)

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追伸として。この舞台を観ながら、昔、読んだ本のタイトルを強く思い出しました。

人はなぜ生まれたか
人はなぜ生まれたか

原題は「The Call 」「呼びかけ」


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2010.12.24

『菜の花と小娘』 志賀直哉

清兵衛と瓢箪・網走まで (新潮文庫)

今年の朗読発表会では志賀直哉の『菜の花と小娘』を読んだ。不思議・奇天烈な世界だが、自然と必然をさらりと感じる可憐な作品なので、そういうふうに私も読んでみた。

ある晴れた春の日の午後、一人の小娘が山で枯枝を拾っていると、ふと誰かに呼ばれたような気がした。「ええ?」と立ってあたりを見回したが誰もいない。「私を呼ぶのは誰?」と聞いてみたが誰も答えない。しかし小娘はやがて気がついた。声の主が小さい菜の花であることを。雑草の中でただ一本淋しく咲いていた菜の花は、小娘に「どうか私をお仲間の多い麓の村へ連れて行って下さい」と懇願する。小娘は菜の花の願いを叶えてやろうと考えた。

そこから始まる菜の花と小娘の二人旅は、たった一日の出来事だったが、途中には山あり谷あり流れあり。一日は即、一生分であり、二人は一人と明示するかのように結末、私には思われた。菜の花も小娘も互いに見つけて見つけられたのだ。

志賀直哉は『菜の花と小娘』を高等科の学生時代に書いたが、実際に世に発表したのは37歳の時という。初めて書いて大切にしまっていた作文(タイトルは『花ちゃん』)を、時を経て、何度も修訂を重ねて作品に仕上げていった。大作家の一見すっと読み過ごしてしまいそうな小作品を、私も見つけて見つけられて今年も無事に読むことができた(やっぱり最高潮にドキドキ緊張したけれど)。また次の目標に向かって私を重ねていきたいと思う。

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2010.07.29

マイサングラス

お久しぶりです。夏は何事も先送り傾向になる私ですが、おかげさまで元気にしています。

今夏人生初のサングラスを買いました。サングラスって格好つけてるみたいで私には格好悪い物として感じてこれまで見向きもしませんでしたが、最近にわかにサングラスの存在意義が私にとってメインテーマになってきました。そもそも最近、私も寄る年波の老眼なのか?!蛍光灯がまぶしく苦しくなってきたので、夜になると時折部屋でサングラス(100円ショップで購入のなんちゃってサングラス)をかけることを5月頃から始めていました(このなんちゃってサングラス、ちびっこギャングみたいで結構私の顔にキュートに似合ってました)。そして7月になり日差しがきつくなってきたので、ならばいっそのこと日中もこのサングラスをかけてしまおうと出歩いていたら、そもそも長年眼鏡なしの生活を送ってきたものだから、目が異様に疲れてきてしまい(後にして思えば瞳孔が開き過ぎていたのかも)、しかし紫外線対策としてサングラスの必要性を感じていたので、人生のこの時点においてちゃんとしたサングラスを買ったほうがいいのではないかと思い立ったわけです。
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そんな頃タイムリーに届いた通販生活・カタログハウス『2011年版・ピカイチ事典・からだの道具篇』で見つけたのが山本光学のウォーキングサングラス。小振りな感じがサングラス・サングラスしてなくて、私の顔にも合いそうな予感がしたので、ちょっと高額だったのでかなり迷ったけど、その迷いを打ち消して即買ってしまいました。実際使ってみての率直な感想は、買ってよかった大成功の買い物でした。軽いし長時間かけても疲れず快適。視界が明るく景色が鮮やか。薄いスモークのかかりぐあいやデザインが絶妙に上品で、サングラスをかけるとありがちな顔が怖くなる!ということもなく気に入りました。サングラスにもタウン用、山歩き用、ドライブ用、眼鏡かけている人用、男性用、女性用と種類がいろいろあるらしく、私にはタウン用女性用偏光型のこのサングラスがぴったりでした。

難点を言えば、つるの部分の滑り止めゴムが髪を結んでいる人には髪に絡まってしまうこと(私は取り外しました)、目を落としたとき足元の段差等の見え方に若干注意を要することです(最初は戸惑いましたが、だんだん慣れてきました)。

今年の日差しは特にぎらぎら眩しいので、晴れの日の必携品です。遮るものは遮って見るべきものがちゃんと見えるマイサングラス。本当に見たいものがいつまでも裸眼でクリアに見えますように。

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2009.04.25

『おとなになる本』

おとなになる本

私は自分で自分の寿命が何となくわかっているので(決めているので?!)、今度の誕生日で、ちょうどその半分を生きたことになる。折り返し。今まで来た半分と、これから行く半分と見渡せる地点。すごいねえ。それでこの頃思うのは、もう半分生きたんだから、私もそろそろ大人なんだと。今までは、自分は子供だとずっと思っていた。永遠に子供のままの大人。別に大人にならなくても私はいいよと、それは悲観というよりどこか極楽・楽観的に思っていた。でも、ここの折り返しへ来て、状況からして観念したのか自覚したのか、呼びかけられてか、自己表明したくて、全く自然に楽観的に、いよいよ私も大人になるんだと思っている。

そんな誕生日を前にした今日この頃に、この本の背表紙を図書館の「いま返却された本 いますぐ借りられます」コーナーで見つけた。

『おとなになる本』 パット・パルマー原作 eqPress編訳 広瀬弦画

「この本は、もともとアメリカの十代後半の人たちに向けて、Self-direction(自己決定)の大切さを伝えるために書かれたアサーティブ・トレーニングの本」と訳者あとがきにある。

人が決めて大人になるのではなく、自分で決めて大人になっていく。それは時に厳しく苦しくもあるけれど、完全に自由で愛に満ちた道のりであることを、この本は優しく頼もしく語っている。読んで、ほっとした。力が抜けた。そして力が湧いてきた。見晴らしが良くなった。

誰かのせいじゃなく、何かのせいじゃなく、主体的に生きていくことの素晴らしさ。

大人が、ほんとの大人になるための、道しるべ本なのだろう。

好きなフレーズを。
「決断するときには、自分の頭、心、身体、すべてで決断しよう。感情的になって決断したり、頭だけで考えて決断したりすると、どうしても失敗することが多い。心も身体も頭も、すべてがイエスと言うまでは、無理をして決断することはない。そのうちに、あなたの中のすべてがイエスと言うときがきっと来る。そのときが決断のときだ。決断のチャンスを逃さないように、注意深く自分を見つめていよう。」

ほんとそうだね。イエス、イエス、イエス。

今日は牡牛座の太陽、牡牛座の新月です。これはもう真に手放しで牡牛座の誕生日。
昨日まだ見ぬ懐かしい人の夢を見た。明日の夢はまだわからない。今日は明日の夢を見ます。

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2009.04.08

『1つのボウルでできるお菓子』大原照子著

1つのボウルでできるお菓子―型も1つで全部できます

夢を形に、理想を叶えてくれる本です。不器用な私、でも時には家でお菓子を作りたい。私の理想は、1つのボウルで、さくっとかき混ぜて、1つの型で焼き上げること。大原照子さんのレシピに従えば、手軽に美味しく楽しく、するすると失敗なくあっという間にできあがります。使う型は18センチのエンゼル型のみ。これでケーキも蒸し菓子もプリンもスコーンもムースも全部できるのです。まるで私マジシャン気分。大原さんのお菓子作りの基本は、道具は「台所にあるものをフルに活用して」、材料は「いつでも、どこでも手に入るもので」。だからこそ気軽に始められるし続けられる。バターの代わりにサラダ油を使って作るケーキも何点か紹介されていて、私のお気に入りレシピ。パン感覚で作って、ふんわりあつあつ出来立てを味わえます。

大原照子さんといえば、シンプルライフの実践者。
『少ないモノでゆたかに暮らす ゆったりシンプルライフのすすめ』は、ある時期に繰り返し読んで、手本にしました。具体的な理想書です。

少ないモノでゆたかに暮らす―ゆったりシンプルライフのすすめ

今の私の暮らし方の原点。
シンプルにゆっくり豊かに暮らしていきたいと、かつてあれほど願ったじゃないの。
今の私に問いかけ、呼びかけてきます。

「1つのボウルでできるお菓子」
ワン・ボウル・ケーキとは、私の願いみたいな言葉だね。

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2009.03.19

『坊っちゃん』夏目漱石著

坊っちゃん (新潮文庫)

春の朗読発表会で夏目漱石作『坊っちゃん』を読んだ。私が読もうと選んだのは、3章「いよいよ学校へ出た」で始まる《坊っちゃん》先生初授業の場面から。田舎中学の生徒から、先生のべらんめえ調は「あんまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆるやって、おくれんかな、もし」と諭され、蕎麦を食べれば「天麩羅先生」と囃され、団子を食べれば「団子二皿七銭」と黒板に書かれ、温泉に毎日通えば「贅沢だ」「赤手拭赤手拭」と言われ、ついには「湯の中で泳ぐべからず」と温泉に貼り札までされる。窮屈で厄介&お節介な世間に放り込まれた自分自身の姿を、俯瞰の視点で生き生きと描き出している。私は坊っちゃんの立場・言葉もわかるし、田舎中学の生徒達の気持ち・言葉もわかる。なぜなら今の私は両者経験済みだから。だからここをぜひ読みたいと思った。私の表現で伝えたいと思った。

朗読は私にとってセラピーだ。この冬、もう一つの朗読発表会もあったので、2つの作品と関わりながら、毎日を朗読とともに過ごしてきた。実際、読まない日もあった。読めない日もあった。でも毎日読んでいた(心の中で)。そんな日々だった。日常が何事もなく順調に進み、夢や希望にあふれているとき、私の喉は開かれ、声も朗々と響き、心と体が天地に通じるような気分になる。しかし一転、まさかの坂で躓き、ふと立ち止まり、歩けなくなり、不安や迷いに襲われた途端に、喉はきゅうきゅうと塞がれ、声が出なくなる。たとえ声が出せても、それは誰か別人の声のように私には聞こえた。喉は私を開閉する扉。声は私の強さと弱さを嘘偽りなく真実にあらわす鏡。

きっとプロの朗読家ならば、日常の感情の起伏など超越してコンスタントな朗読ができるだろう。でも私にはそれはできない。感情の起伏があるならそのまま、この喉と声と付き合っていきたい。ああ私、今、閉じているんだ、ああ今、私、開いているんだと感じながら、揺れながら逞しくなりながら。朗読を自分のセラピーのツールとしていきたい。

さらに思う。その時、何を読むかが大切だ。それはレッスン&ギフト。『坊っちゃん』を読むのが辛い時期もあった。でも読んでみると、その歯切れのよい文体リズム、坊っちゃんの自由闊達な精神世界に朗々と励まされ、私の精神も笑い鼓舞されていった。私が作品を選んだようでいて、実は私は作品に選ばれていたのだ。

漱石先生にとっては書くことがセラピーだったのではないでしょうか。あの青春の頃、自分が『坊っちゃん』を読むなんて思いもしなかった。読んで救われました。癒されました。この作品に出会えたことに深く感謝します。

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