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2009.03.31

年度末ブルー

1年間、新しいことにチャレンジしてきた。
私には適性がないとされた分野で、私もそうだろうと認識・自覚した分野で。
そして、それなりの結果が出た。やっぱりそうだった。いや、やっぱりそうじゃなかった。
1年前に輝いて見えたものが、今は色褪せて見える。
それは私がささやかながら一隅を照らせたってこと?
今年の私は末吉。心からの青空を信じて。今日も精一杯、一隅を照らします。

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2009.03.19

『坊っちゃん』夏目漱石著

坊っちゃん (新潮文庫)

春の朗読発表会で夏目漱石作『坊っちゃん』を読んだ。私が読もうと選んだのは、3章「いよいよ学校へ出た」で始まる《坊っちゃん》先生初授業の場面から。田舎中学の生徒から、先生のべらんめえ調は「あんまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆるやって、おくれんかな、もし」と諭され、蕎麦を食べれば「天麩羅先生」と囃され、団子を食べれば「団子二皿七銭」と黒板に書かれ、温泉に毎日通えば「贅沢だ」「赤手拭赤手拭」と言われ、ついには「湯の中で泳ぐべからず」と温泉に貼り札までされる。窮屈で厄介&お節介な世間に放り込まれた自分自身の姿を、俯瞰の視点で生き生きと描き出している。私は坊っちゃんの立場・言葉もわかるし、田舎中学の生徒達の気持ち・言葉もわかる。なぜなら今の私は両者経験済みだから。だからここをぜひ読みたいと思った。私の表現で伝えたいと思った。

朗読は私にとってセラピーだ。この冬、もう一つの朗読発表会もあったので、2つの作品と関わりながら、毎日を朗読とともに過ごしてきた。実際、読まない日もあった。読めない日もあった。でも毎日読んでいた(心の中で)。そんな日々だった。日常が何事もなく順調に進み、夢や希望にあふれているとき、私の喉は開かれ、声も朗々と響き、心と体が天地に通じるような気分になる。しかし一転、まさかの坂で躓き、ふと立ち止まり、歩けなくなり、不安や迷いに襲われた途端に、喉はきゅうきゅうと塞がれ、声が出なくなる。たとえ声が出せても、それは誰か別人の声のように私には聞こえた。喉は私を開閉する扉。声は私の強さと弱さを嘘偽りなく真実にあらわす鏡。

きっとプロの朗読家ならば、日常の感情の起伏など超越してコンスタントな朗読ができるだろう。でも私にはそれはできない。感情の起伏があるならそのまま、この喉と声と付き合っていきたい。ああ私、今、閉じているんだ、ああ今、私、開いているんだと感じながら、揺れながら逞しくなりながら。朗読を自分のセラピーのツールとしていきたい。

さらに思う。その時、何を読むかが大切だ。それはレッスン&ギフト。『坊っちゃん』を読むのが辛い時期もあった。でも読んでみると、その歯切れのよい文体リズム、坊っちゃんの自由闊達な精神世界に朗々と励まされ、私の精神も笑い鼓舞されていった。私が作品を選んだようでいて、実は私は作品に選ばれていたのだ。

漱石先生にとっては書くことがセラピーだったのではないでしょうか。あの青春の頃、自分が『坊っちゃん』を読むなんて思いもしなかった。読んで救われました。癒されました。この作品に出会えたことに深く感謝します。

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2009.03.11

許す日

行きたかった場所
行けなかった場所
行かなかった場所
私は人といることを望み選んだ
許してね 私

きょうは乙女座の満月です
願いが許されていきますように

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2009.03.10

辛い

気楽な道は 楽しくない
私にとって それがこんなに辛いこととは
わからなければ もっと辛かっただろう

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