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2007.10.31

時の消失点

もうすぐ終わる もうすぐ始まる 時の消失点 見えてきた 近づいてきた
後戻りする? 先送りする? いいえ 時は不可逆 時は道
人にしたら何てことない時の通過点 忘れる間もなく消えていくだろう
それでいい それがいい 時は無限平等 ここは私の時にしてしまえ
私が灯した時の消失点 見えてきた 近づいてきた last day first day

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2007.10.28

わけ

どうしてと聞かれると
わけもなくうれしくて
yes yes yesって
わけを聞かないひとだから
わけを言わないひとだからね

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2007.10.27

鎌倉三景

Botamochi Nishiguchi
Myouhonjineko

鎌倉はもう行き尽くした感があるけどまだまだ行き着かなくて、道にも迷うし(この日は北鎌倉からの裏山ルートで佐助稲荷を目指すものの、ポイントを見過ごして結局弁天ルートで到達)、それがいいのか行くたびに発見と出会いがあります。常栄寺ってぼたもち寺というんだと認識。鎌倉駅西口広場の素敵な時計台。妙本寺猫さん、こんにちは。

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2007.10.26

牡牛座の満月

きょうは牡牛座の満月です。何はともあれ行き着いたよ 私 コングラチュレーション!

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2007.10.25

my position

Myposition

ああそうですかとありのままあるものとして受け取って受け止めてああそうですかと

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2007.10.21

あとかた

最初からなかったものを消す
それでもためらうのはなぜだろう
痛いのはなぜだろう

きっと時の問題 そう言って
書いた自分を消す
消していく自分を消す
それでも残るあとかた

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2007.10.19

書かないと前に進めない気がするので

すごく個人的でまとまりのないことですけど、書いてみます。私は自分の心には責任を持てるけど、自分の頭には責任を持てないと最近感じたことがありまして、自分の頭のことがとても怖くなりました。知能試験と性格試験みたいなものを図らずも受けることになって、スタートと言われてどんどん問題を解いていく指示がありまして、あなたならどうするみたいな行動問題、計算問題、図形問題、言葉問題等を受けていったわけです。問題を解いている間、心こそフリーズしなかったものの、自分の頭がフリーズする感覚を味わいました。ああ、私の頭はばかなんだ、ばかになってしまった、もともとがばかだったのか、それさえもわからない。でも解いていかなきゃならない状況。これは頭で思ったかといえば、思うに頭と心で思ったわけです。さらに言えば、もしかしたらこんなことを思わなくなるほどいつか私の脳は壊れてしまうのではないか、日々私の脳は壊れているのではないか。事実、人間の脳の細胞は日々死んでいっていると何かの授業で教わりました。心は疾の昔からゆらゆら揺れてフリーズも時々するから自分のこととして自覚し責任を持てるけど(持たなければならないけど)、頭には責任を持てない、自分ではどうにもできないことなのではないかと。なんて書いているのは私の頭?私の心?

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2007.10.16

「牛乳を注ぐ女」

Ska2344フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展を見てきた(10月12日午前10時-)。フェルメールの絵を見るのは「窓辺で手紙を読む若い女」以来2年ぶり。日常の美しいひとときが深く静かに凝縮された絵に目と心、ぐっと引き込まれる。フェルメールの一瞬一瞬の思いとまなざしが丁寧に幾重にも塗り込められ、私はそれに呼応するように何度も反芻して絵を見る。決して外部には明かされない親密な一場面を拝見している感覚がした。この絵は止まっていない、一瞬ではない、生きている。このまま見ていたら動き出して、この絵の続きが見られるのではないか、確信か幻想かそんな思いに駆られた。フェルメールの絵は美しい謎に満ちている。だが見る者がいくら謎解きをしようとも、描かれた謎は謎のまま永遠なのがいい。だから人は絵に魅せられ、さらに見たくなるのだろう。

昔、朝日新聞で世界名画の旅という連載があったが(今もあるのかもしれない)、『世界 名画の旅 ヨーロッパ北部篇』の本の表紙が、この「牛乳を注ぐ女」だったことに、家に帰って本棚を探して気づいた。この絵に私はずっと前に既に出会っていたのだなと。

ところで私1年に1度ぐらい、振り向いた表情がフェルメールの青の少女に似てると言われます。どこが?誰に?謎は謎のまま。だから私はフェルメールが好きなのだろうな。

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2007.10.11

I balance

Ibalance

今が居場所ね、とんぼさん。

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2007.10.10

No No No

No No No Noが次々に降り注ぐ
あなたは要りませんってことは
私が要りませんってことよ
強がってもNoは刺Noに傷

見えてない私に
触れてこそわかる痛みを与えて
開かない扉に張りめぐらされていた
Noの有刺鉄線

No No No ここには来てはいけない
入ってきてはいけないという安全柵
制止信号でしたか Yes Yes Yes
もっと言ってください Yes Yes Yes
どうか見えるぐらいに

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2007.10.09

out or safe

Out_or_safe


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2007.10.07

going home slowly slowly

Going_home

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2007.10.06

讃岐饂飩 根の津

それから根津の食べ物情報。根津散歩の途中で出会った讃岐うどん店「根の津」。不忍通りから根津神社入口交差点をちょっと入った新坂にあります。おいしいというネット情報は得ていたものの詳細はわからぬまま、開店時間15分前に到着。ぼーっと店先に立って待っていたら、あれよあれよという間に後ろに人がずらっと並んでいてびっくり。(この状況は鎌倉のカレーハウス・キャラウェイに似ています。)

そして開店、嬉し恥ずかしながら一番に店内へ乗り込みました。頼んだのは温・冷2種うどん(約1・5人前)で、冷ぶっかけ&温きつねを注文。この日は暑かったので、まず冷ぶっかけから食べました。しこしこつるつる麺に、ぶっかけられた汁と薬味は絶妙、そのおいしいことおいしいことおいしいこと。食べながらまた来たいと思う店はそうそうないけど、ここは絶対来るぞと絶対に思いました。

ところで私、麺はずるずるとすすって食べるんですけど、店内ほとんどの女性は静々と麺を噛むように口に運んでました。私ってやっぱりお下品? (私は一番に注文して一番に食べ始めたので、私のずるずるという音が一番に店内に響きわたって、皆さんの視線というか耳線がこちらに集中するのを感じて我に返ったわけです。)食べ方も人それぞれ。麺はすすって勢いよく!つゆは飲み干す!これが私のおいしい麺の食べ方です。

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2007.10.03

だから好き

あなたを失っても
あなたは失われないのだろうな
すごくしゃく だから好き

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2007.10.01

消え行く路地

        Kieyukuroji

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とみんの日、東京都写真美術館

10月、first day。きょうは都民の日です。対象施設が無料公開とのこと。行けば誰でも都民の日でフリーパスのようです。都民としては無料=プラスマイナスゼロという感じ。

Shabi10/02追記。都民の日のきのう東京都写真美術館へ行ってきた。(2年前も写美。ここへ来ると我に問うのはお金を払って写真を見ることについて。)「昭和 写真の1945~1989」第3部「高度成長期」が衝撃的だった。私の人生は日本の高度成長とともにあり、しかしその光と影の実態は何も知らずに成長してきたからだ。秋山亮二氏の「映らないテレビ」、長野重一氏の「陸橋の下の児童公園」には特に引きつけられ、もう戻れない日々をすごく懐かしく思った。

私が写真が好きなのは私にとっての意味・無意味が一目でわかるから。迷う間もなく考える間もなく私の感受性が教えてくれるから。それからやってくるのは感情にすぎない。

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