『蜘蛛の糸』
思い出すのが先月、朗読講座で読んだ芥川龍之介の『蜘蛛の糸』。地獄の空へ垂れてきた一筋の蜘蛛の糸。それはお釈迦様が一人の男を救わんとして天上から下ろしてくれたものであったが、自分だけが助かりたいと男が思った途端に、糸はぷつりと音を立てて切れてしまった。教訓めいた話や説教くさい話には反発してしまう私だけど、芥川のこの話は素直に心にしみ入り、深く首を垂れたのでした。
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コメント
こんにちは~、chiikoさん!
「蜘蛛の糸」は、お釈迦様が出てこられるだけあって、言わんとするところが直接読み取れるお話でもありますねぇ。
私は教訓めいたお話は好きなのですよ~。
戒めないといけない心なんかもあって。。。^^;
しかし、蜘蛛の糸が切れるか切れないか、偶然か故意なのか、それは人間には解らない。
あ、やっぱり戒めないといけませんね。。。
今日はメンテナンスなのですか。
chiikoさんもゆっくりとね。。
台風の影響か、雲の流れが速いです。
関東でももっと青空が見れるといいですね~。
今日も元気でね。
ではでは~。
投稿 りよ | 2006.07.11 11:17
りよさん、こんにちは!
りよさんの言葉は、素直に私の心に響きます。
教訓や説教が実は私も好きなのかもしれません。
特に年を経るに従って、そんな感じになってきました。
蜘蛛の糸がなぜ切れたのか、
ほんとそれは人間には解らないですね。
お釈迦様とて解らないかもしれません。
この話にはお釈迦様のことを見ている存在も
出てくるのです。
蓮の花はとても美しいです。
青空のこと、どうもありがとう。
りよさんもゆっくり元気でね。
しばらく通信の更新もお休みです。ではまたね!
投稿 chiiko(りよさんへ) | 2006.07.11 13:25
こんばんわ!
私はこの話とっても好きです。
もともと寓話とかが好きで、
その裏にある真意を推し量ってみたりするのが、
私にとっては楽しいです。
芥川の作品にはそういうのが多いですよね。
カンダタの類を思う気持ちによって繋ぎ止められた、
最後のチャンスが、自分の我によって
崩れ去ってしまう。
「お釈迦様は少し悲しそうな顔をされましたが、
やがて何もなかったようにして
池のほとりを歩き始めました」
というような内容(原文が手元にないので)の、
無常な感じがとてもいいですね。
投稿 森の音 | 2006.07.14 01:42
森の音さん、こんにちは!
私はこの話をこの年になって初めて読みました。
読み進むごとに事の展開にびっくりして、
落ちていくカンダタと共に声を上げてしまったほどです。
物事の理とは、こういうものなのかと。
ラストは淡々無常ですね。
この話はお釈迦様のある半日の出来事で、
この後、何事もなかったようにまた一日が過ぎていきます。
私たちも日々このように蜘蛛の糸に試され救われながら
生きているのかもしれません。
どうもありがとうございます。ではまた!
投稿 chiiko(森の音さんへ) | 2006.07.14 12:16