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2005.08.17

城の崎にて

学生時代、盆明けのこの時期に兵庫県・城崎で二泊三日の文芸合宿をしました。一応のメインイベントが読書会で課題図書は志賀直哉先生の『城の崎にて』。文学を語り合ったというような記憶はほとんどありません。要はみんなと旅して親睦したかったのだと思います。

夏の温泉はいいですね。それも夏の城崎は格別です。浴衣姿で下駄をカラコロと鳴らして外湯めぐり。温泉に入った後、風に吹かれると夏の暑さや雰囲気が心地よく感じられて、ああ、夏だな、やっぱり夏はいいなと心から思えるのです。

夏の山陰もいいですね。このとき行きは播但線で日本海に出て城崎へ、帰りは城崎から山陰線に乗って鳥取砂丘まで行きました。夏の海岸列車は青い空と青い海、緑の木々のなかをとことこと走ります。はるか昔のことなのに今も夏になると鮮やかに思い出す風景です。

きのうは『城の崎にて』を久しぶりに読んでみました。文庫本で8ページ、こんなに短かったのかと驚きました。なぜかしら村上春樹さんの『螢』の感じを思い出しました。「フェータルなものか、どうか?」それが問題なのだと当時の私は思って、今の私もやはりそう思います。そして「生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした」という文章が今の私にずしりと響きます。昔と今とでは響き方がどこか違うような気がします。

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コメント

お早うございます。

∥生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。

2階の窓から屋根の上の蜂の死体を見ての感想でしたっけ?
「城之崎にて」での著者の気持ちが、「暗夜行路」の主人公のモヤモヤしていた時期の話に投影されているような気がしたものです。
うーん、勘違いがあるかもしれません m(_ _)m

投稿: | 2005.08.19 07:44

涼さん、こんにちは!
この言葉は最後のほうに出てくる一文です。
涼さんのおっしゃるようにモヤモヤした感じが漂う作品ですよね。
一つの考えのまわりをぐるぐるモヤモヤしながら思考して、やがて一つの考えに辿り着き、またそこから始まっているように私には読み取れました。

暑い日々が続きますね。
元気でお過ごしください。ではまた!

投稿: chiiko(涼さんへ) | 2005.08.19 15:18

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