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2005.01.17

十年ひと昔というけれど

いまでも わたしは わがままで 身勝手だけれど
あのころ わたしは もっとわがままで 身勝手だった
いまでも わたしは クールで マテリアルだけれど
あのころ わたしは もっとクールで マテリアルだった
いまでも わたしは よわむしで なきむしだけれど
あのころ わたしは もっとよわむしで なきむしだった
いまでも わたしは つみつくりで 人を傷つけているけれど
あのころ わたしは もっとつみつくりで 人を傷つけていた

わたしは 存分に生きただろうか
わたしは 存分に愛しただろうか
ただ生きて ただ愛して ただそれだけのこと
十年ひと昔というけれど

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コメント

chiikoさん、こんにちは。
ここのところ、わたしもこちらの詩のようなことを考えています。
これまでとこれからを考えると地に足が着いていないみたいに不安で、そわそわして。
体調が悪いせいで頭がぼんやりしているのかな。(~_~)
存分に生きているのかな。
存分に生きているはずなんだけれど。
話がまとまらなくてすみません。
でも毎日chiikoさんの記事に会えるとホッとしますよ。
ではでは、また!

投稿: ぽち | 2005.01.17 15:54

chiikoさんこんばんは☆
「十年一昔というけれど」を読んで
どきっとしました。

阪神大震災から10年という節目の今日。
ニュースを見ながら、私も10年振り返って
居ました。

旦那とは知り合っては居たけれど、
付き合ってもいなくて、他に好きな人も居て
けれど成就しなかった・・・他
私にとって、人生のターニングポイントとなった
のが、丁度95年の1月から6月ぐらいでした。

そんな事を振り返っていた1日。
chiikoさんの詩を読んで、どきっと
しました。
あれから10年、そしてこれから10年。

またいつか、こう振り返る時が来るでしょう。
その時はきっと、chiikoさんの詩を
思い出すと思います。

また素敵な詩を!楽しみにしてます☆

投稿: あつべえ | 2005.01.17 19:20

ぽちさん、こんばんは。
同じようなことを考えているんですね。
私はぽちさんの「幸せですか。」を読んで
不思議なシンパシーを感じました。

過去を振りかえることは、これからを生きるためにあるんですよね。
私はこれからの10年がとても大切なような気がしています。大切に存分に生きたいと思っています。でも、どうすればよいのか、なんかとても漠然としていて、私も地に足がついていない感じがしています。
ぽちさんは存分に生きている方だと思います。
このまま前へ向かってお進みください。

体調がまだ悪いのですね。
お大事にしてください。
からだを暖かくしてお過ごしください。
きょうはコメントありがとうございます。
ぽちさんから暖かいものをいただきました。
ではまた♡

投稿: ぽちさんへ | 2005.01.17 19:28

あつべえさん、こんばんは!
あつべえさんもあの頃が人生のターニングポイントだったんですね。
私もなんですよ。すべてが終わってすべてが始まったような頃でした。
旦那様との恋愛秘話、教えていただいてありがとうございます。
やはり縁がある方だったんですね。
これからもずっと一緒ですね。

私もいつかきょうのこの日のことを振り返るときが来ると思います。
そのときはあつべえさんと交わした会話を思い出すことでしょう。
きょうは訪問&コメントありがとうございます。
詩を書いてよかったです。
ではまた♡

投稿: あつべえさんへ | 2005.01.17 19:53

そういえば震災から10年ですね。早いものです。
そう、10年前の自分はまさに格闘の日々でした。
上司とぶつかる毎日。今の格闘とは
比較にならないほど激しいものでした。
あのころのパワーは今はもうありませ。
でも当時の自分と今の自分を比べると少しは落ち着いて
回りを見渡す余裕ができたように思います。
過去の10年を抱きつつ、これからの10年を考えて
過ごしたいですね。それでもあっという間だとは
思いますが。
そういえば渡辺美里の「10years」という曲を
思い出しました。

投稿: 微風 | 2005.01.17 22:25

こんばんは。

なかなか、思いがまとまらず、訪問させていただきました。
・・・って、これじゃ夜這いじゃないか。

じゃなくって。
1年のうちで、1日くらいは、何の縁もゆかりもない人間が少しは考えても、よいのではないかな、という気になってます。

あのころ何をしていたんだろう。
あれから、何があったんだろう。
これから、どうするんだろう、って考えて、
自分のところに書きなぐったけどまだおちつかず。

こういうふうに言うのもあるんだな、って
chiikoさんの今回の書き込みをみて感じました。

存分に生きて愛する、って、難しいようで、美しいようで。
ううん、うまくいえませぬ。
うまくいえないから、私は詩人ではないのだな。きっと。

ではでは。

投稿: アスワド | 2005.01.18 00:13

テレビで震災の火災によって、いろいろなもの燃え尽きる映像を繰り返しやっていた。すさまじい破壊音だ。

ずーっと聞いていると、体中の骨が粉々に砕け散っている音と同じであるという妄想に取り付かれた。
少し気持ちが悪くなった。

スマトラでも18万人がなくなったのか...

case1 人間が無力
case2 社会システムが無力
case3 技術が無力
case4 神が無力

さて、どれでしょう。
僕はcase4一押し。自分を信じろと強制すなら、何か奇跡を起こしてくれ。集金装置と機能するだけでなく。

投稿: metal_sheep | 2005.01.18 01:31

微風さん、おはようございます!
激しい格闘の日々だったんですね。
とても真っ直ぐ&真っ正直だったのでしょうね。
今はそれがソフトな真っ直ぐ&ソフトな真っ正直になってきたのではないでしょうか。
私も格闘してました。もう二度とあんな格闘はしたくないし、できないと思います。
私も皆さんのコメントを読みながら
美里さんの「10years」を思い出しました。
あれから10年もこの先10年も、ですよね。
とてもよい曲ですよね。
私、美里さんもよく聴きました。
これからの10年大切にしたいですね。
どうもありがとうございます。ではまた!

投稿: 微風さんへ | 2005.01.18 08:02

アスワドさん、おはようございます!
いろいろ思って、思いがまとまらず、
でも、書いたんですね。書けたんですね。
よかったですね。訪問ありがとうございます。
書いた時点でその思いはちゃんとまとまっているような気がします。
私にしても何の答えも出ていないけど、自分の思ったことをただ書きつらねているだけです。
でも、書かないで過ごすよりは書いたほうが、いつか自分のためになるのではないかという感じで書いています。
今の気持ちは今しか書けませんから。

存分に生きて愛する。難しいですね。
私もうまく言えませぬ。
うまく言えぬからこうして書いています。
これは私の自問自答の言葉です。

ではまた!

投稿: アスワドさんへ | 2005.01.18 08:24

metal_sheepさん、おはようございます!
私はあえて今回10年前の映像は見ませんでした。
10年前の私はとりつかれたように、くいいるようにその場面を繰り返し見ていましたが。

破壊音というのは怖いですね。
映像の恐怖は目を閉じれば見ないで済みますが、
音の恐怖は果てしなくどこまでも襲ってきます。
音の記憶は意外とからだの中に残っています。

case4を一押しなんですね。
私はどこかの神様を信じているのではなく
自分のなかの神様を信じています。
神様は全知全能、オールマイティ。
この4つの選択肢のなかに私の答えは今のところ見つかっていません。
これから考えていきたいと思います。
どうもありがとうございます。ではまた!

投稿: metal_sheepさんへ | 2005.01.18 08:35

10年前の昨日は東京にいたのですが、10年前の一昨日は神戸にいたのです。
朝、テレビを点けたらびっくりでした。
10年。確かに一昔というけれど、ですね。

投稿: アキラ | 2005.01.18 21:49

アキラさん、おはようございます!
そういうことがあったんですね。
やはり私たちは何かに生かされている存在なのでしょうね。
私は震災の2年前まであのあたりに住んでいました。
昔住んでいたところは今はもう建て替えられています。
十年ひと昔というけれど……
ではまた!

投稿: アキラさんへ | 2005.01.19 07:51

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