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2004.08.28

『100万回生きたねこ』

 『100万回生きたねこ』は子どものための絵本ですが、大人のための絵本でもあると思います。私もこの絵本について考えてみました。ねこの語源は一説によると 「寝子」「ねむる子」だそうですが、この絵本は眠って目覚めること、死んで生まれることについて語っているのではないかと私は思ってます。

 ねこは最初から自分のことが好きだったのだと私も思います。ただ自分のために生きていないとずっと感じていた。自分の行きたくないところへ行かされて、自分のやりたくないことをやらされて、自分の眠りたくないところで眠らされて、まるで自分のために生きていない人生。100万回生きて100万人の飼い主にかわいがられたけれど、ほんとうに愛されたことはなかったのではないか。ほんとうに愛されたことがないのだから自分以外のものの愛し方もわからないし、自分を愛することがどういうことかもわからない。だから、いつも平気で死ねたのだと思います。

 飼いねこにはご飯の心配はないかわりに自由はありません。ねこは淡々と生き、淡々と死んでいくよりしようがなかった。ねこもねこなりにつらかったでしょう。そのつらさを忘れるために眠るように生きていた。でも、それはだれのせいでもなく自業自得のようなもので、ねこは何かを学ぶために飼いねこであることをみずから選んで100万回生まれてきたのでないでしょうか。

 100万回生きて、ねこはようやく眠りから覚めます。「ねこは はじめて 自分の ねこになりました。ねこは自分が だいすきでした」。
 ねこは目覚めると今度はのらねことして生まれ変わります。自由を得て初めて自分のために生きはじめます。ねこはのらねことなって白いねこと出会い、初めて自分を心から好きになり、自分以外のものを心から好きになる。そのことを学ぶのに100万回生きなければわからないねこもいるし、100万回生きてもわからないねこもいるし、たった1回も生き終えてないのにわかるねこもいる。眠っているねこもいれば、目覚めているねこもいて、飼いねこもいて、のらねこもいる。
 不自由であれ自由であれどんな人生からも学びとることはできます。そうやって、かけがえのない自分と出会い、かけがえのない他者と出会い、愛し愛され、いのちをつないでいくことの大切さを学びとったとき、ねこは「ああ、わたしは生きた!」と心から思えて、もう生まれくる必要はなくなったのではないでしょうか。

 「ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした」100万回生きたからこそ、ほんとうに安らかな眠りがねこに訪れたのだと思います。

 ほんとうにいい絵本ですね。できれば子どものころに出会って読みたかったなと思っています。

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コメント

はじめまして。
私は大学時代に児童文学のサークルに
身を置いていました。
「100万回生きたねこ」もその頃に
出逢ったと記憶しています。
すばらしい本ですよね。ラストでは
涙が止まらなかったことを覚えています。

投稿: 鶴鳴 | 2004.08.28 07:00

トラックバックありがとうございます。

ねこは最初から自分のことが好きだったというご指摘。
何か深いものを感じました。
自分の為にあるいは自分の人生を生きていない…。
なるほど。本当の意味で飼い主に愛されていなかった。
あるいは飼い主の方でも本当の愛し方を知らなかったかもしれませんね。
それから以前、読んだ本「ソース」という本のことが浮かんできました。
自分の好きなことをすると人生が開けてくるというような。


「ねこが何かを学ぶために100万回も生きなければならなかった」というご指摘には、
なにか輪廻とかカルマとかそんなものを感じました。だから、100万回生きなければならなかったカルマが主人公のねこにはあった。そして白いねこには1回生きなくてもすでにもうわかっているカルマがある。そんなことを考えました。

>不自由であれ自由であれどんな人生からも学びとることはできます。そうやって、かけがえのない自分と出会い、かけがえのない他者と出会い、愛し愛され、いのちをつないでいくことの大切さを学びとったとき、ねこは「ああ、わたしは生きた!」と心から思えて、もう生まれくる必要はなくなったのではないでしょうか。

 この部分のご指摘、もうなにもいうことありません。全然深く読まれています。感動しました。どうも有り難うございます。また、何回か読んでみたと思います。いまわからなくても、一年後にまた読んだらまた違う読み方が出きるかもしれません(これは自分にいってます)。

投稿: face | 2004.08.28 13:06

鶴鳴さん、こんにちは。
この絵本はほんとうにすばらしい絵本だと思います。
私がこの絵本に出会ったのは随分と大人になってからで、
やっぱりラストでは泣きました。
ストーリーはシンプルですが、それだけにいろいろな読み方があるでしょうね。
子どもには子どもの読み方、大人には大人の読み方、人それぞれ、男女それぞれの読み方。

児童文学に関係されていたのですね。
私は小川未明が好きです。
コメントありがとうございます。では、また。


投稿: chiiko(鶴鳴さんへ) | 2004.08.28 16:30

faceさん、こんにちは!
faceさんの記事がきっかけになって私もこの絵本をもう一度読むことができてよかったと思います。
夏休みの読書感想文を書き終えたような感じです。

「ねこは最初から自分のことが好きだった」というのはfaceさんの息子さんが言ったことですよ。
私はそれを読んではっとして、そうなんだと思って、いろいろと謎が解けたような気がします。

この絵本はとてもシンプルなことを言っているように思います。
あまりあれこれ考えずに、頭を空っぽにして心もまっさらにして読んでみるのが一番でしょうね。
faceさんの言うようにまた一年後ぐらいに読んでみたいです。どんなことを感じるか楽しみです。
どうもありがとうございます。ではまた!

投稿: chiiko(faceさんへ) | 2004.08.28 16:48

chiikoさん、コメントありがとうございます。
大学時代に読んだいろんな児童文学や絵本が
なつかしく思い出されます。
私は日本の作家では斎藤隆介が好きでした。

投稿: 鶴鳴 | 2004.08.28 18:46

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