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2004.02.13

『私の個人主義』

『私の個人主義』夏目漱石著・講談社学術文庫

NHKの「その時歴史は動いた」は時々見ている。松平アナが腕を組みがら「さあ、きょうのその時がやってきました」と言うのがお決まりの番組。
先週2月4日放送の『近代ニッポン人が誕生した~明治の文豪たちの「生き方」革命~』では夏目漱石・正岡子規・与謝野晶子を取り上げていた。
3人を取り上げていたので何か焦点がぼやけた番組構成だなと思いつつも、最後に引用された夏目漱石の言葉に私ははっと胸を突かれた思いがした。
下記は番組中に引用された言葉。
私の個人主義(大正3年11月25日)

「もしあなた方のうちで、すでに自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、もしそうでないとしたならば、どうしても、自分の鶴嘴で掘り当てるところまで進んでいかなくってはいけないでしょう。ああ、ここに俺の進むべき道があった!ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫びだされる時、あなたがたは始めて心を安んずることができるのでしょう。」

偶然にも我が家には漱石の『私の個人主義』があったが、私は長い間それを読まずにいた。
それは夫の所有する本で、私は過去何度もそれを読もうとして挫折していた。
放送後すぐさま本を開き、引用の箇所を探すと、そこには既に線が引かれてあった。しかもその部分にだけ。
私がこの本に真に出会うのに20年近くかかったということだ。

番組での引用はかなり省略されていて、原文を読むと、漱石の言う「個人主義」がどんなものであったかがさらによくわかる。
彼がどんな覚悟で小説を書き、生きていたかも。
彼は霧の中たったひとり孤独を感じつつも鶴嘴を振るい、前に進み続けた人なのだと思う。
私も鶴嘴で掘り当てるところまで進みたい。心安んじるその時を求めて。

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コメント

こんにちは、あやっころです。

これってシンクロでしょうか、その一節だけ先日テレビで見ました。親がチャンネルをあちこち変えている途中、一瞬だけそこで止まって、見ていたんですよ。(あれ、BSか何かで再放送してたんでしょうか? 記憶があやふやなんですが・・・・・・。)

一瞬、というより、一節の朗読が終わるまでの間でしたが、物凄く心に響いて、私の探しているのも、おそらくはそういった類の心を安らぎなのかも、と思いました。

ところで、chiikoさんの書かれる文章っていつも素敵ですね。中心の定まっている、凛とした感じがします。

投稿: あやっころ | 2004.02.13 11:46

こんにちは。メッセージありがとうございます。
あやっころさんもあの場面を見ていたんですね。
NHKのホームページできょう確認したらBS等何度か再放送をやっているようです。
私もあの場面だけぱっと目が覚めたように心に飛び込んできたんです。
私の文章を褒めていただいてありがとうございます。
でも、私って短文しか書けない人間なんです。
さらに最近は短文しか読めない人間になりつつあります。
でも、これが私のスタイルかなと。
では、またね。

投稿: chiiko | 2004.02.13 17:09

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