2009.06.23

まだ開けてない箱

私にはまだ開けてない箱がある
その確信が 気を大きくしたり小さくしたりする

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2009.05.24

箱が届けられ
あけるのは明朝
私は箱の中身を知っている
けれど展開はわからない
その夢の夕べに今、私はいます

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2009.04.25

『おとなになる本』

おとなになる本

私は自分で自分の寿命が何となくわかっているので(決めているので?!)、今度の誕生日で、ちょうどその半分を生きたことになる。折り返し。今まで来た半分と、これから行く半分と見渡せる地点。すごいねえ。それでこの頃思うのは、もう半分生きたんだから、私もそろそろ大人なんだと。今までは、自分は子供だとずっと思っていた。永遠に子供のままの大人。別に大人にならなくても私はいいよと、それは悲観というよりどこか極楽・楽観的に思っていた。でも、ここの折り返しへ来て、状況からして観念したのか自覚したのか、呼びかけられてか、自己表明したくて、全く自然に楽観的に、いよいよ私も大人になるんだと思っている。

そんな誕生日を前にした今日この頃に、この本の背表紙を図書館の「いま返却された本 いますぐ借りられます」コーナーで見つけた。

『おとなになる本』 パット・パルマー原作 eqPress編訳 広瀬弦画

「この本は、もともとアメリカの十代後半の人たちに向けて、Self-direction(自己決定)の大切さを伝えるために書かれたアサーティブ・トレーニングの本」と訳者あとがきにある。

人が決めて大人になるのではなく、自分で決めて大人になっていく。それは時に厳しく苦しくもあるけれど、完全に自由で愛に満ちた道のりであることを、この本は優しく頼もしく語っている。読んで、ほっとした。力が抜けた。そして力が湧いてきた。見晴らしが良くなった。

誰かのせいじゃなく、何かのせいじゃなく、主体的に生きていくことの素晴らしさ。

大人が、ほんとの大人になるための、道しるべ本なのだろう。

好きなフレーズを。
「決断するときには、自分の頭、心、身体、すべてで決断しよう。感情的になって決断したり、頭だけで考えて決断したりすると、どうしても失敗することが多い。心も身体も頭も、すべてがイエスと言うまでは、無理をして決断することはない。そのうちに、あなたの中のすべてがイエスと言うときがきっと来る。そのときが決断のときだ。決断のチャンスを逃さないように、注意深く自分を見つめていよう。」

ほんとそうだね。イエス、イエス、イエス。

今日は牡牛座の太陽、牡牛座の新月です。これはもう真に手放しで牡牛座の誕生日。
昨日まだ見ぬ懐かしい人の夢を見た。明日の夢はまだわからない。今日は明日の夢を見ます。

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2009.04.08

『1つのボウルでできるお菓子』大原照子著

1つのボウルでできるお菓子―型も1つで全部できます

夢を形に、理想を叶えてくれる本です。不器用な私、でも時には家でお菓子を作りたい。私の理想は、1つのボウルで、さくっとかき混ぜて、1つの型で焼き上げること。大原照子さんのレシピに従えば、手軽に美味しく楽しく、するすると失敗なくあっという間にできあがります。使う型は18センチのエンゼル型のみ。これでケーキも蒸し菓子もプリンもスコーンもムースも全部できるのです。まるで私マジシャン気分。大原さんのお菓子作りの基本は、道具は「台所にあるものをフルに活用して」、材料は「いつでも、どこでも手に入るもので」。だからこそ気軽に始められるし続けられる。バターの代わりにサラダ油を使って作るケーキも何点か紹介されていて、私のお気に入りレシピ。パン感覚で作って、ふんわりあつあつ出来立てを味わえます。

大原照子さんといえば、シンプルライフの実践者。
『少ないモノでゆたかに暮らす ゆったりシンプルライフのすすめ』は、ある時期に繰り返し読んで、手本にしました。具体的な理想書です。

少ないモノでゆたかに暮らす―ゆったりシンプルライフのすすめ

今の私の暮らし方の原点。
シンプルにゆっくり豊かに暮らしていきたいと、かつてあれほど願ったじゃないの。
今の私に問いかけ、呼びかけてきます。

「1つのボウルでできるお菓子」
ワン・ボウル・ケーキとは、私の願いみたいな言葉だね。

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2009.04.01

新年度レッド

今日から私の名称が変わります。
(chiikoはchiikoのままですが。)
私が変わったから?私を変えるため?
今、その答えはわかりません。夢も明確に描けません。
正直、今の私は、本来の運命から1ミリずれたところを歩いているような気がします。
(なじめなくて、実感がなくて。うそでしょ、戻してよ、という感じ)
その1ミリの意味を、この1年で生きて見つけたいです。
がんばれ、レッド。本当の私。

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2009.03.31

年度末ブルー

1年間、新しいことにチャレンジしてきた。
私には適性がないとされた分野で、私もそうだろうと認識・自覚した分野で。
そして、それなりの結果が出た。やっぱりそうだった。いや、やっぱりそうじゃなかった。
1年前に輝いて見えたものが、今は色褪せて見える。
それは私がささやかながら一隅を照らせたってこと?
今年の私は末吉。心からの青空を信じて。今日も精一杯、一隅を照らします。

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2009.03.19

『坊っちゃん』夏目漱石著

坊っちゃん (新潮文庫)

春の朗読発表会で夏目漱石作『坊っちゃん』を読んだ。私が読もうと選んだのは、3章「いよいよ学校へ出た」で始まる《坊っちゃん》先生初授業の場面から。田舎中学の生徒から、先生のべらんめえ調は「あんまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆるやって、おくれんかな、もし」と諭され、蕎麦を食べれば「天麩羅先生」と囃され、団子を食べれば「団子二皿七銭」と黒板に書かれ、温泉に毎日通えば「贅沢だ」「赤手拭赤手拭」と言われ、ついには「湯の中で泳ぐべからず」と温泉に貼り札までされる。窮屈で厄介&お節介な世間に放り込まれた自分自身の姿を、俯瞰の視点で生き生きと描き出している。私は坊っちゃんの立場・言葉もわかるし、田舎中学の生徒達の気持ち・言葉もわかる。なぜなら今の私は両者経験済みだから。だからここをぜひ読みたいと思った。私の表現で伝えたいと思った。

朗読は私にとってセラピーだ。この冬、もう一つの朗読発表会もあったので、2つの作品と関わりながら、毎日を朗読とともに過ごしてきた。実際、読まない日もあった。読めない日もあった。でも毎日読んでいた(心の中で)。そんな日々だった。日常が何事もなく順調に進み、夢や希望にあふれているとき、私の喉は開かれ、声も朗々と響き、心と体が天地に通じるような気分になる。しかし一転、まさかの坂で躓き、ふと立ち止まり、歩けなくなり、不安や迷いに襲われた途端に、喉はきゅうきゅうと塞がれ、声が出なくなる。たとえ声が出せても、それは誰か別人の声のように私には聞こえた。喉は私を開閉する扉。声は私の強さと弱さを嘘偽りなく真実にあらわす鏡。

きっとプロの朗読家ならば、日常の感情の起伏など超越してコンスタントな朗読ができるだろう。でも私にはそれはできない。感情の起伏があるならそのまま、この喉と声と付き合っていきたい。ああ私、今、閉じているんだ、ああ今、私、開いているんだと感じながら、揺れながら逞しくなりながら。朗読を自分のセラピーのツールとしていきたい。

さらに思う。その時、何を読むかが大切だ。それはレッスン&ギフト。『坊っちゃん』を読むのが辛い時期もあった。でも読んでみると、その歯切れのよい文体リズム、坊っちゃんの自由闊達な精神世界に朗々と励まされ、私の精神も笑い鼓舞されていった。私が作品を選んだようでいて、実は私は作品に選ばれていたのだ。

漱石先生にとっては書くことがセラピーだったのではないでしょうか。あの青春の頃、自分が『坊っちゃん』を読むなんて思いもしなかった。読んで救われました。癒されました。この作品に出会えたことに深く感謝します。

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2009.03.11

許す日

行きたかった場所
行けなかった場所
行かなかった場所
私は人といることを望み選んだ
許してね 私

きょうは乙女座の満月です
願いが許されていきますように

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2009.03.10

辛い

気楽な道は 楽しくない
私にとって それがこんなに辛いこととは
わからなければ もっと辛かっただろう

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2009.02.25

冬の終わりに

思い出すのは冬の初め。思い出すしかない人よ。

Jike

ボトムがトップ12月の新月から1月、2月の新月今日までに起こったことは、かつて私の人生で何度か起きたことの繰り返しで、ほんの近くは1年前にも起きたことの繰り返しだった。同じパターンのレッスンが、スケールと形を変えて私に現れ来る。あの時出来なかったことが、また今度も出来なかった。クリアできなかった。私は永遠堂々巡りなのだろうか……。

いや違う……。私はあの時と同じ私ではない。それはスパイラルを描いて上昇しているのだから。その証拠に、今の私は全くクリアになった(全くの混沌の闇の中にいても)。壁は扉だと知った。きっとまたいつか、1年後か2年後か10年後か最期かに……半年後か半月後か半日後か、たった今かに、このレッスンはギフトとなって私に現れ来る。すべては壮大な計画の一コマ一コマとして。

Bus

今日は魚座の新月です。夢ひとこまひとこまスタートします。


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2009.02.09

大切な一週間

Taisetsu

何が叶う 何を叶える  伝わるもの 伝えるもの 心していきます


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2009.02.07

歩いた道

Aruitamichi

歩く道 歩けば一本の道

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2009.02.03

こわがらないで

Tanada

節分ですね。少し見晴らしがよくなってきました。春はもうすぐそこのはず。
節分といえば、鬼。私のなかにも鬼がいます。一年に一度ぐらい顕在化します。
一見こわい鬼なんだけど、弱虫なんだな、これが。   人を傷つけて傷ついて。
いつまでたっても学習・成長しない。
外に出るのが、こわいんです。こわいと言われるのが、こわいんです。でも外に出たい気持ちは人一倍で。
退治するより、解き放ってあげたい。もうこわがらなくていいんだよ。一緒に笑おうね、鬼。
ということで、今宵わがやの鬼は、イエス・アイ・ドゥー、私です。

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2009.01.30

Michi

旅のままの写真です。戻りたい 戻れない 大切な旅の道の瞬間

一月も末。私の今年のおみくじは末吉。助言には、大切なことは月末に、と書いてあって、それって正直ほんとかなと思っていたけど、それは正直ほんとだったと実感してます。月末に結末が待っている。
一月の道は、上り坂、下り坂、まさかの坂もあって、平坦に見えて平坦な道ではありませんでした。心は半分ゴーで頭が半分ストップで、今私はここにいて。ちょっとハートが踊り過ぎました。今も心が痛いです。後悔は先に立たないから後悔なんですね。ならば前進ある後悔を。結末の詳細を前もって知ることはできなくても、結末があることは確実なんだと肝に銘じたいです。
この一月を大切に、結末大切に。きょうもよい一日でありますように。

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旅のまま

後で気づくほど大切な旅だった
このままそっとしておこう
このままずっと旅のまま

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私のイエス

相手のイエスにイエスと言えない 私のイエスはどこまで重い
大きな風船 音を立てて割れた 私の目の前あの空で割れた
あの空に浮かんで見えていたものを
私のノーが割っちゃった 私のイエスが割っちゃった ついでに私も割れちゃった
現場検証しようにも残骸は既になく、残されたものは跡形のない思い
私のイエスは私のイエスに振り子のように振り回される
割ったのは私のノーorイエス どちらとも言えない私のイエス

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2009.01.23

まさかの山口県

山口県は好きな県です。生まれた県でもなければ育った県でもない。住んだこともありません。実のところ18歳で実家を離れるまで訪れたこともなく、山口県を特に好きだと意識したわけでなく、ただ生まれ育った県と海を挟んで左斜め上(?)隣にあったので、何となく近しい存在県として、ああ、ここにあるなと親しんでいました。あと、大河ドラマ「花神」の影響もあったでしょう。理想郷県みたいに思っていました。
その後、縁あって何度か旅行で訪れて、だんだんどんどん実際に好きになっていきました。とはいえ、いまだに全貌・詳細ともよくは知らないのだけれど。行く先々で初めてなのに懐かしい既視感を感じる風景、人、味等々との出会いがあって、私にとってやっぱり縁の深い土地だと感じています。山陽側・山陰側、山・川・海、農工水産業と多彩な表情を見せてくれる懐の深い県です。

それで今回山口県を旅しました。福岡空港に降り立って、そこで義父母と合流して車で下関へと渡り、響灘沿いの道を北上、角島へと向かい、油谷湾、棚田百選・東後畑の棚田からの絶景を眺めて、いざ目的地の川棚温泉を目指しました。ここまではまさに青天でルンルンいい旅ゆめ気分でしたが、491号線を南下、山道に入ったところで路傍に雪が。「あっ雪がまだ残ってる」と私が明るくノーテンキに一言。さらにしばらく行くと路上に雪が。気づけば、すれ違う車も後続車も人もなく、ただならぬ静けさ。「チェーン積んでいる?」との夫の問いにお父さん「積んでない」との答え。雪は降ってないし今日は晴れの予報。この坂を何とか越えれば何とかなると一同思っていたのですが、願い届かず車がとうとうスリップ、ストップしてしまいました。もう私の息も止まりそうなほど緊張緊迫。しかしドライバーはすばらしかった!慌てず騒がず落ち着いて、そのままバックオーライで50メートルぐらいゆっくりゆっくり坂を降りていって、然るべきところで方向転換して元来た道を引き返しました。人生には3つの坂がある。1つは上り坂、1つは下り坂。そしてもう一つはまさかの坂があると。あの坂は絶体絶命ほんとまさかの坂でした。

で、結局、海沿いの道をもう一度戻り、川棚温泉へは予定より1時間おくれて到着しました。思えば、あのまさかの坂で車が無事にスリップ・ストップしてくれてよかったのです。あのまま進んでいたら、もう引き返せないポイントまで行ってしまって、にっちもさっちもいかなくなっていたに違いないのですから。すべては結果オーライです。

ということで、その日は宿に泊まって温泉にも入って、めでたくお多福で川棚名物瓦そばを食べたのでした。おしまい。つづくかも。

Tunoshima

これはまさかの坂の前、青天の、角島灯台の風景です。

Tanadamirror

これはまさかの坂の最直前、東後畑の棚田を映したミラーです。

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2009.01.14

ノン・ポリティカル

Nonpoli

主義も主張もありません。ただこの日この日を生きて、私はリアルなユートピアン。

ひとこと言うなら、この国のセントラルは我々のセンターと懸け離れている。

Ohori

互いの歩み寄りが必要。

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2009.01.11

きづき

      Anatahaki

      あなたは木なのね

きょうは蟹座の満月です。ホームベースでほっと一安心。
見た目は心を映します。蟹座のお眼鏡、叶いますように。正しく物が見られますように。

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2009.01.03

2009年dancing

新しい年、始まりました。chiiko通信、今年もどうぞよろしくお願いします。2009年はdancingの年。行く先々で表現する予感。だから今年もmoving。小移動に加えて大移動を希望します。のぞみやひかり、つばさにも乗って移動したいです。あまりに大移動、高速移動だと時に人にはそう見えないかもしれません。もしかしたら自分自身でもわからなくなるかも。自分に伝わる感覚、実地の実感を大切にしたいです。
さて初詣。愛宕神社の今年の紅白だるまみくじは末吉と大吉。夫唱婦随がいい感じ?!この新感覚、受け取りました。待ち受ける末の展開を楽しみに、今年も予感実行、よい年でありますように。
       Dancing2009

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